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次回予告

2010年09月27日 10:13

問題:X国、Y国はそれぞれどこでしょうか?

X国生産年齢人口

Y国生産年齢人口

X-Y比較
[出所]全てWorld Population Prospects -The 2008 Revision (United Nation)からback_slang作成

次回の記事をお楽しみに!「広く」「長く」考えようという話です。

品質・サービスレベルに対する考え方の日米比較(後編)

2010年09月12日 14:10

前回エントリーで比較した軸のうち、(MBAブログなので)「企業」についてもう少し掘り下げてみます。

日本企業が、「高品質・多機能ゆえの高コスト・高価格」という特徴を、これからも維持していくことになるかというと、私は近々転機がやってくると考えています。つまり、費用対効果ともっと真剣に向き合う必要性に迫られるということです。

変化の発端は消費者からやってきます。これまでの日本の消費者は、「多少高くても、とりあえず良いもの(使うか分からないけど多機能で、違いは分らないけどテレビでCMしている有名メーカーの製品)」を買う傾向がありました。それを可能にしていたのは、高度成長期以降の賃金の上昇に伴う経済的な余裕です。

しかし、人々の経済環境は悪化の一途です。総務省の調査によると、1世帯当たりの実収入は1997年を境に10%以上減少しています。日本経済の構造的な問題を考えると、この傾向は継続すると思われます。収入が減少した消費者は、これまで以上に、商品の価値と価格のバランスを厳しくチェックするようになるでしょう。(余談:米国アマゾンの家電製品等のレビューを読むと、日本に比べてこのバランスをよく見ている印象を受けます)

[日本の携帯電話(写真はやや古いモデル)。どんどん多機能化した結果、ほとんどの人が
使わない機能も多数(プロジェクターとして使う場面って?体脂肪計と連動??]
photo(3)_20100912135423.jpg

ここまでが需要側の話で、次に供給側、つまり企業の話です。まず過去~現在において、なぜ日本企業は「高コスト&多機能・高品質路線」を採用してきたのでしょうか。一つは、既に書いたような消費者のニーズに対応した結果ですが、もう一つは企業の内部プロセスの問題ではないかと思うのです。

日本企業はボトムアップの力が強いので、商品やサービスを企画する際に各部門・担当から組み込んでほしい機能・要素がどんどん上がってきます。そこまでは良いことだと思います。その次に、望ましい水準にまで機能を絞り込む作業に入るのですが、絞り込み作業というのは、上がってきている機能・要望に優先順位を付けて、低いものを切り捨てることを意味します。つまり、全ての関係者にいい顔はできません。なので、誰かが責任を持って決定し、リーダーシップを発揮して実行すべき場面です。しかし、往々にして日本企業は責任の所在が不明確で、リーダーシップが発揮されない。

[BOSEのiPod用スピーカー:本体ボタンは音量大小のみ。機能を絞って、音質とデザインに価値を集中]
photo(4).jpg

正しい優先順位をつけて費用対効果を判断する責任が不明確であれば、関係者は機能を残す方に動きやすい。なぜなら、機能を削除すると、切り捨てたものが明確で、その判断に問題があれば責任を問われる可能性があるからです。また、なぜその機能を削除するか、理由を用意して社内調整を行うという、面倒な仕事もやらなければならなくなってしまいます。一方、機能を残した場合は、全体のコストが少し上昇するという曖昧なマイナスが発生するだけなので、責任問題を回避できます。関係者に嫌われることもありません。その結果、高コスト&高機能の商品・サービスができあがります。機能を中心に書きましたが、品質レベルでも話は同じです。また、情報システム開発でも、取りまとめ役(主にシステム部門)の力が弱いと、機能が膨張して高コストになりがちです。

商品・サービスのコンセプトを定義し、それに応じた優先順位(判断基準)を設定して、ターゲットとする顧客にとって最適な価格と機能・品質のバランスを備えた商品を開発するには、企業内の責任の明確化とリーダーシップが必要です。これを実現できた企業が、これからの市場をリードしていくのではないでしょうか。

(追記)
「イノベーション」と「カイゼン」の観点から、日本商品のオーバースペックを論じたちきりんさんの記事はこちら。私は今回、内部プロセスの話を書きましたが、それ以外にもいくつか要素があると思います。

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品質・サービスレベルに対する考え方の日米比較(前編)

2010年09月10日 11:27

ボストンに引っ越してきて2か月が経ちました。

つくづく感じるのは、何かと「ざっくり」ということ。ボストンの地下鉄は遅れる遅れない以前に時刻表すらなくて、夕方の人が動く時間なのに30分くらい来なかったりするし、車の縦列駐車で前後の車に当てるのも珍しくないし、買い物してもレジの精算金額が値札と違ってたりするし、病院は予約してるのに2時間近く待たされるし、書類系の手続きもいちいちスムーズにいかないし、冷蔵庫の音は大きいし、リサイクルごみ箱は「リサイクルできるものは何でも一か所に放り込む型」だし…

一方で日本。電車のダイヤは正確、細分化されたゴミの分別、安くてもそれなりの味は保っている飲食店、行き届いたサービス。日常生活はずっとスムーズに流れていきます。最近、ハワイの牛○で「こんな肉をだしたら日本だったらとんでもないことになる」と店員を叱っているモンスター日本人のおじさんを見た、という話をTwitterで読みましたが、比べてしまうのが間違いとすら思えてきます。

[スシだから魚のぬいぐるみならOKでしょ、のざっくり感]
photo(2)_20100910111328.jpg

店員さんの話ですが、小売業・飲食業の店員さんで、態度が悪かったり、清潔感に欠ける人の割合もアメリカの方が多いです。大手チェーンでもけっこういらっしゃいます。私も、それこそモンスター日本人的にいらっとしてしまいがちですが、何人かのアメリカ人にそれを言ったところ、「それだけの(少ない)給料で雇っているのだから、その程度でも仕方ないかな…」とクールに捉えている様子。最初に挙げた様々な問題にも、それほど神経質になってないようです。

これは、そもそもより良いサービスレベルを知らないので自然と受け入れているという面もありそうですが、同時に、費用対効果の考え方が広く浸透してることの表れなのではないでしょうか。つまり、多少の不便・不快はあるけれども、それを改善するのに追加でコストをかけるほどではない、という判断をした結果だから、仕方ないよね、その分安いんだし、という考え方です。

そして、相対的に、日本ではこの考え方が広く共有されているとは言い難いと思います。つまり、「牛○は安い分、肉の質もそれなりだよね。高い店に行かなかったのは自分だから仕方ない」あるいは、「レジのミスも多いけど、値段を安くするために時給が安いバイトの人がやってるから仕方ないよね」ではなくて、「肉がひどいのはケシカラン」、あるいは「こんなミスをするなんて店はどういう教育をしてるんだ!」という反応をする人が多い気がします。どちらかというと「こうあるべき」の意識が強い。(かなり私の主観です)

[ワインは3~5ドル台でも結構いろいろあり(当たりはずれもあり)]
photowine.jpg

このあたりを少し発展させて、「労働者」「社会」「企業」の観点で日米を比較してみました。(以下、すべて「比較的」が入っているものとして読んでください)

<日本>
労働者:
まじめに働くべき、という道徳的価値観が強いので、賃金の多少にかかわらず、勤労意欲が高い。よって事務処理やサービス面で優れている。費用対効果の低い(=あまり価値を生み出さない)仕事をする人の給与を支える必要があるので、ハイパフォーマーでも収入面のメリットが少なく、モチベーションにつながりにくい。

企業:
完璧を目指す傾向が強い。これを活かして、トヨタのカイゼンに代表されるように、品質面での強みとする企業も多い。しかし、消費者が商品・サービスに高い水準を求めることに対応して、品質レベルを高めに設定する傾向があり、機能過多な家電製品や過剰サービス(過剰包装、余計なサービス)など、高コスト体質。これが災いして国際競争力がない産業も多い。

社会:
洗練されていて暮らしやすい。何事にもコストをかける分、仕事が増えて失業率は比較的低い。一方で生活コストが高く、所得が少ないと暮らしていくのが大変。


<アメリカ>
労働者:
給料が低いんだから、そんなに一生懸命働く必要ないよね、と考える人が多い。逆に、結果を出せば出すほど賃金が上がるので、実力のある人は意欲的に働いて成果を出そうとする。二極分化しやすい。

企業:
ビジネスなので費用対効果を重視。利益が最大化されるレベル以上に品質・サービスを向上させる意識は低い。製造業には向かなさそうだが、シンプルで価格競争力のあるサービスが生まれやすい。(例:GMAILは便利だが、法人契約もあるのに説明なしに停止してしまったりする)

社会:
ほどほどに便利だが、不都合や面倒に巻き込まれることも多い。無駄な仕事をカットするのは善(最適化)だし、解雇も容易なので、失業率は高い。生活コストは安くて、結構少ない収入でもとりあえず暮らしていけそう。


どちらかが絶対的に優れているという訳ではないと思います。ここまで読んでくださったあなたはどちらの社会が好みですか?日本は変わるべきでしょうか?そのままでOKでしょうか?

この話は近いうちに続きを書きたいと思います。

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セブン-イレブンと楽天が小規模小売業にもたらしたもの

2010年07月18日 14:47

日本を代表する流通・小売企業をアメリカ人に紹介する機会が私に与えられるなら、セブン-イレブン・ジャパンと楽天はリストに必ず入れる企業です。

留学するにあたって、日本人留学生ということで日本の事例について直接コメントを求めらることもあるだろうと、まずは自分が多少なりとも関わってきた流通小売業について思いを巡らせていると、この両社は似ているところと異なるところが混在していて比較するとなかなか面白いことに気付きました。

まずセブン-イレブン・ジャパン。そもそも日本企業として扱うこと自体に疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、30年ほど前に米国サウスランド社とライセンス契約を結んでイトーヨーカ堂グループの一員としてビジネスを開始してからは、日本で数々のイノベーションを起こして独自の進化を遂げています。そしてその後経営難に陥ったサウスランド社を逆買収しているので、日本のビジネスモデルと言って問題ないと思います。

そのセブン-イレブンが創業からしばらくの間、店舗開発の核としていたのは酒屋をはじめとする、既存の小規模小売店の業態変換でした。大規模なスーパーマーケットの出店が盛んになって競争が激しくなるなか、昔ながらの小規模・零細小売店(いわゆるパパママストア)は経営効率が悪い上に消費者のニーズをとらえきれずに苦戦していました。そんな中、セブン-イレブンはコンビニエンスストアという新しいフォーマットを持ち込んで、本部主導の魅力的な商品開発と物流改革によるコスト削減によって小さな店舗に生き残る道を与えました。その際、店舗はなるべく「画一化」され、どこのセブン-イレブンに行っても同じ品揃え、同じサービスを受けられるようにしました。売れ行きの落ちた商品は速やかに排除され、売れ筋の商品や新商品で常に魅力的な売り場を提供しました。公共料金の収納代行などITを駆使した各種サービスの提供も全国同じように行いました。これらによって顧客に安心感を与え、チェーンとしてのブランドが強化されました。(もちろん個店対応も行われていたのですが、それは画一化されたフォーマットの枠組みの中での話)

一方で楽天。セブン-イレブンの登場から約四半世紀が経ち、インターネット時代の日本で最も成功した流通企業の一つです(もう一つはユニクロ)。楽天市場というインターネット上のモールを運営していますが、その主役は小規模な小売店です。楽天は、特別な技術的知識を持たないそのような店舗でもインターネットで物を販売できるように、わかりやすいインフラを提供してきました(そういう意味では正確には小売業というより、e-commerceのインフラ提供)。その結果、従来のリアルな商圏では採算が合わないけれどもユニークだったりこだわりがある商品を販売している店が、地理的な制約から解放されて日本中を相手に商売をすることができるようになりました。1万人に1人が興味を持つ商品は100万都市でも100人しか顧客がいませんが、インターネットを使えば1万3千人が顧客になって商売が成り立ちます。ロングテールの考え方に基づいて、ニッチな商品を多数扱い続けることも可能になりました。つまり、楽天市場によって店の「独自性」が維持され、また生み出されることになりました。

このようにセブン-イレブンと楽天は、同じ「小規模小売業の活性化」という役割を果たしながらも、その方法論は正反対のものだった、というのが今回のお話でした。どちらが優れているかという話ではなく、リアルとネットの両方の世界での優れた成功例として対比するとなかなか面白いです。

この話はまだまだ掘り下げたり広げたりする余地がいろいろありそうなのですが、今日のところはこのあたりで。

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日本サッカーとビジネス文化

2010年07月17日 12:30

ワールドカップが終わりましたね。私は決勝戦をなぜかレッドソックスの本拠地フェンウェイパークに隣接するスポーツバーで観戦しました。たくさんあるテレビのうち、約6割がワールドカップ、4割が地元レッドソックスの試合を流していたのですが、店内は多くのスペイン人と少しのオランダ人で占められていたので(格好で判断)、ほとんど誰もレッドソックスのゲームなど見ていませんでした。そんな中、松坂投手はまずまずの好投をして7勝目。ボストン在住日本人としては彼の成績に住み心地がかかってるので(?)、一人心の中でガッツポーズをしていました。

さて、今回のワールドカップをにわかサッカーファンとして日本代表を中心に見ていて思ったのが、日本代表チームの特徴というのは日本の企業文化と類似点が多いということです。いくつか挙げてみます。

<プラス面>
 ・協調性が高く、チームとしてまとまるのは得意(前回大会は例外)
 ・汗をかくことを厭わない。サボらないでよく走る
 ・パスで他人を生かすことを好む。中盤の層が厚い
 ・高度なテクニックを持っている

<マイナス面>
 ・リスクを取る姿勢に乏しい(シュートを打たない、1対1で勝負しない、横パスが多い等)
 ・ストライカーが育たず、常に人材不足
 ・監督から指示されたことはまじめにこなすが、自分で考えて応用するのが苦手
 ・テクニックはあるが、チーム全体としての戦略に乏しい
 ・国内にある程度の規模のリーグがあるため、海外のリーグに在籍している選手が少ない

<番外:マスコミ・ファン>
 ・高い目標を掲げて挑戦する人間を揶揄しがち。評論家気質

日本の企業やビジネスパーソンに照らし合わせると、ほとんどそのまま当てはまってしまいそうなものが少なからずあるように思います。結局のところ、スポーツもビジネスも国民性がベースとなっているということなのでしょうね。

翻ってバブソン大学。「貪欲にチャンスを見つけて、あらゆる策を講じ、リーダーシップを発揮してそれをモノにする」人間を育てようというプログラムということになっています。そのためのユニークな仕掛けがいくつも用意されています。いわば肉食系ストライカー養成ギプスのようなものでしょうか。

入学前の私としては実際の教育内容がどうなのか分かりかねますが、触れ込み通りであればバブソンMBAは日本のビジネス界で不足しがちなフォワードを育成する貴重なプログラムであると言えるのかもしれません。

サッカーの世界では優れたストライカーは後天的に育てるのが難しく生来の才能によるところが大きいといいます。このあたりもまたアントレプレナーやビジネスリーダーと似ている気がします。ということは、バブソンの教育が成果を挙げていれば、それは日本サッカーにとってもヒントになる…かな?


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