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ソーシャル・ネットワーク時代の危うさ

2010年11月16日 09:42

ここ数年で、私に入ってくる情報のルートはずいぶんと変わりました。

以前は、新聞、雑誌、テレビ、それにインターネットのニュースサイトや企業が運営する情報サイトが中心でした。それが今では、ツイッター、ブログ、フェイスブック経由が大きな割合を占めるようになり、新聞は日経(Web版)を軽くチェックする程度、雑誌はほとんど読まなくなり、テレビも減りました。アメリカに引っ越した影響もあるはずですが、それだけではなさそうです。

ツイッターやフェイスブック経由の情報がいつの間にか増えてきたのは、収集できる情報の質が良いからだと自己分析しています。ツイッターであれば自分が興味を持っている人、フェイスブックであれば自分の友人が発信する情報は、自分の関心と一致する確率が高いですし、尊敬する人や目標とする人の発言や、そういう人が紹介する情報は有益であることが多いです。おかげで、これまでより効率的に、マス向けの表面的な情報ではない、良質な情報を得ることができるようになりました。

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一方で、心配なこともあります。

ツイッターの場合、私がフォロー(注:その人のつぶやきを聞くようにすること)するのは、自分が主体的に興味を持って選んだ人たちです。それは身近な人であったり、尊敬する著名人であったり、留学やビジネス、途上国といった共通の関心を持った人が中心です。また、フェイスブックの場合は、実生活で繋がりのある人で、私の場合は大学の同級生や、他大学のMBAの学生がかなりの割合を占めます。つまり、自分が選んだ心地よい仮想コミュニティーというフィルターを通して、多くの情報を得るようになっています

そこに危うさが潜んでいると言うと、頷いてくれる方も多いのではないでしょうか。

インターネットや携帯電話は、私たちを地理的制約から解き放ってくれました。遠く離れた人々を興味・関心で結びつけることを可能にしてくれました。しかし、それ以前の時代に、地理的制約から否応なしに付き合っていた、関心や意見の異なる人たちとの接触が減り、多様な意見に触れなくても済みやすい世の中になりました。例えば、会社の飲み会で上司の過去の武勇伝を聞かされたり、地元の行事に参加して全然違う職業の人と何かをしたり、という、興味・関心とは関係ないところで作られた「居心地の悪い」コミュニティーに参加しなくても、自分の心地よい同質なコミュニティーで過ごすことができるようになったということです。

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このような状況で、世の中に対するバランス感覚を保つには、自分と異なる意見に意識して耳を傾けるのが大事なのだと思います。その第一歩として、ツイッターはちょうど良いツールです。文章が短くて負担になりにくいですし、かしこまっていない分、その人の価値観や本音が垣間見られるからです。

問題は誰をフォローするか。これがなかなか難しい。良薬口に苦しではないですが、そもそも心地よくないものを意図して自分の世界に取り込むという自然に反した(?)作業ですし、あまり質の低い内容だとただのノイズになってしまいます。私は今、この段階。誰が良いのか思案中です。

そう考えると、実世界でも自分に厳しい意見をくれる人というのは、つくづく有難い存在だと思います。

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